ストーリー
本物の廃旅館で繰り広げられる、
恐怖の物語。
その島には、ひとつの言い伝えがありました。
海で亡くなった人の思いがこもったものを海に流し、「上がってこい、上がってこい」と“よみがえりのまじない”を唱えれば、それをタコが抱えて上がってくる、というものです。そして、それには死者の霊が乗り移っていて、島に戻ってくる、と言うのです。
島の旅館に、直次郎という若い板前が住み込みで働くようになりました。
ある晩、一人厨房でタコの下ごしらえをしていた直次郎は、腕に吸盤が吸いついて離れなくなってしまいます。その様子を見た旅館の娘 依子が助けに入りましたが、なかなか外せません。必死に引き離そうとした直次郎の包丁が、勢いあまって依子の顔をかすめてしまいました。
強い責任を感じた直次郎は、傷が治るまで、依子に献身的に尽くしました。
依子は、そんな直次郎に心を奪われ、その振る舞いが自分への好意なのだと受け止めるようになりました。特に彼女の心を動かしたのは、傷を髪の毛で隠せるようにと贈ってくれたべっ甲の櫛でした。
しかし、直次郎には、故郷に残した恋人がいました。彼女とは、一人前になったら結婚をする約束までしていました。
それを知った依子は思い悩み、やがて海に身を投げて亡くなってしまいました。
依子の死を嘆き悲しんだ母親は、あの言い伝えを思い出しました。
「あの子の好きだったものを海に流すと、戻ってきてくれるかもしれない……」
ある晩、母親は、ひと目を忍んで依子のべっ甲の櫛を海に流し、「上がってこい、上がってこい」と“よみがえりのまじない”を唱えました。
数日後、漁師が引き揚げたタコが、一本の櫛を抱えていました。何本も歯が欠けたその櫛を見た母親は、異様な喜びの表情を浮かべ、「依子が戻ってくる」と呟きました。
やがて島では、死んだはずの依子を見たという不気味な噂が囁かれるようになりました。
あの櫛と共に、依子の霊が海から上がってきて、島の中をさまよっている、というのです。けれど、櫛の歯が欠けていたために、依子は元の姿ではなく、恐ろしい霊に変わってしまったのだ、と。
そして、とうとうある晩のこと、旅館から直次郎の姿が消えました。翌日死体となって浜に打ち上げられたその体には、おびただしい吸盤の痕が浮き上がっていたと言います。
しかし、依子の思いは収まることがありません。
夜な夜な、海から上がってくると、暗い旅館の中をさまよい歩くのです。今度こそ、自分を愛してくれる人を探して……。